2018/08/07

【心の森①】夢の持ち方



 
 今から10年以上前、私はこの街で覚えたてのタイ語を駆使し、タイ人と日本人との間に立つ仕事に就いた。

 職場では人の世話から日常の問題解決と今まで経験したこともない数々の難題に囲まれ、文字通り「無我夢中」の日々。今思えば「橋渡し」というとても重要なポストにいたにも関わらず、当時の若い私は自らを振り返る余裕もなく完全に心のバランスを失い役割の半分も果たせないまま、ストレスと悩みばかりが倍増していたように思う。
  
 そんな頃、この国で同じ分野で働く人たちと交流する機会があった。ある場所に集まりまるく輪になって一人ひとり自己紹介もかねて問題点を 上げみんなで話し合う、という会合のようなものだった。そこで私は現在ぶつかっている心の問題を話してみた。参加者にはタイで働く経験の長い先輩も多く、皆さんが真剣に耳を傾けて下さった。その中にTさんという年配のロングステイヤーの男性がいた。彼は戦後の日本を復刻させた世代の一人であり、日本で退職した後に夫婦でタイに渡りボランティア活動を始めたばかりだった。ひと通り先輩方の話が終わると、Tさんが控えめな感じでぽつぽつと話し始めた。

「私はね、あなたと同じように日本という国で無我夢中で働いてきました。そんな中でどうにもこうにも動けず苦しくなる時がある。そんな時はね、山に登るんですわ。そして山の上から広がった大地をゆっくりと見下ろしてみるんです。するとね、不思議と周りを見る目が変わっている自分に気づくんです。今まで思い悩んでいたことがちっぽけに思えてね。あなたも一度やってみるといいですよ」
 
話を聞いた後、それまで「満杯」だった頭がすっと軽くなったのを今でも覚えている。大きな夢を描いて海外に渡り、人のためになる仕事がしたいと願って語学を習得したものの、現地に来てみると実践としてすぐに活用できなかった。次々と現れる問題を抱えては悩み、感情を使っては悩み、その積み重ねで私は知らぬ内にどんどん自信を失っていたのだ。

* * *

最近になってふとしたことでひと昔前のTさんの言葉を思い出し、それは昨年出会った森のプラ・アーチャーン(師僧)の説法と併せると、より深く理解のできるものだと気づいた。私たちは自分の中に芽生えた願いを叶えようと思った時、つい「~したい!」と自分中心にものを考えてしまいがちだ。本当はたくさんの可能性があり、同じ叶えるでもいろいろな方法があるのに気持ちは一点に集中し、「熱い妄想」で頭はいっぱい。視界が狭くなり答えの見つからないままに突き進むと結果として失敗を招いてしまう。

私が「熱く」なると、森のプラ・アーチャーンはいつも「ゼロ」の概念で諭して下さる。「心に静寂を保ち、物事をバランスと平等を持って見つめる訓練を心がけなさい。プラスでもマイナスでもない、常に心は『ゼロ』。バランスの良い目で物事を見ると、心にゆとりが生まれもっと遠くを見渡せるようになるよ」と。「自分勝手」な感情とは本当にやっかいなものだ。今、この年齢になってようやく私は20代の頃の自分が無防備だったと気づく。私の思い描いていた「夢」は確かに人を助けることに直結してはいたけれど、私の中ではそれ自体よりも「叶えたい」思いに、重点が置かれていたように思う。

 夢を持つことはまちがっていない。しかし、現実はいつでも変化するということを念頭に置いておかなければならない。夢に踊らされて勝手な妄想ばかりしていると、現実にぶち当たった時の失意が痛い。それは逆に遠回りになってしまうかもしれない。



夢を持つ時は『自分』よりも

まずそれが『他者のためになるか』を中心に考えなさい



この言葉は、私がこの修行の森に出会ってすぐの頃にプラ・アーチャーンに教わったことだ。一歩引いて「ゼロ」の目で判断し、進むべきだと思ったら進めばよいという。
 
修行の森は現在、信者の方々のお布施のもと、修行僧や労働者たちが協力して僧房や修行者の宿泊施設を建てたり袈裟の染め場を作ったり土地を開拓して植林したりと日々発展している。プラ・アーチャーンは、将来ここを訪れる僧侶や人々が修行に専念できるようにと10年計画で、質素なりにも少しずつ環境を整えている。焦ることなく今いる人々と共に、今ある環境と技術を活かしながら、一歩ずつ着実にその夢に向かって進む。それ以上のこともなくそれ以下のこともない。


「10年後のビジョンは私の胸の中ではっきりと描いてある。そしてそのビジョンはもうとっくに、10年後に置いて来ているよ」

プラ・アーチャーンは笑った。




「心の森」

チェンマイ郊外 山奥の僧院にて


(2013年10月筆)
 

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