2018/07/27

山の見える丘


愛犬、サムリーがこの世を去ってから、約一週間が経ちました。

正直、まだ涙は止まらなくて生きる気力も失い、「もういつ死んでもいい」とさえ思ってしまっています。

でも、幸い(?)にもこの体はまだ健康で、働く力も、毎日の生活を営む力も残っている。

だったら、今、私はどうすればいいんだろう??!!

泣きながら、何度か考えました。



先日、友達と映画館に映画を観にいきました。

『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています』という長いタイトルの映画でした。

とても面白かったのですが、ちょうど今のタイミングでそれを観たので普段の自分とは感じるものが、少し違ったように思います。

特に、(あまり言うとネタバレになってしまいますね 汗)命の尊さや、一日一日を大切に生きよう・・・ということを、改めて実感しました。

かけがえのないあの日々は、もう2度と戻って来ないのだから。

でもだからといって、過去に戻ることはできないから・・・。

私たちは、前に進むしかないのですよね。

私の大切な家族、サムリー。

犬として生まれ、私の傍で約14年間生きてくれたサムリーを私はこれからもずっと愛し、尊敬してゆきます。

そのためにも、自分自身の中でこの最期の日々を記録に残すことは、とても大事なことでした。

毎日、この寂しい話に付き合って下さった皆さん、共感し、温かい言葉をかけて下さった皆さん、本当にありがとうございました。

心より、感謝申し上げます。

サムリーとの最後のお別れを、記します。
 
************************

 7月22日日曜日。

私たちは、土の中に眠るサムリーにそれぞれ色とりどりの花を添えました。

それは、とてもきれいな姿でした。

遠くから駆けつけてくれた夫や、友人に囲まれお陰さまでとても良いお葬式ができました。

お葬式が終わってから、私はもう一つ、この日にどうしてもしたいことがありました。

サムリーとの思い出の丘に行くことです。

近所のグイッティアオ屋さんでお昼ご飯を食べてから、私たちは夫の運転する車でその丘に向かいました。

そこは、サムちゃんと、何度も何度も歩いた丘でした。





大きな空、山、池、木、花々。

そして、季節ごとにかわる風や雲、夕日、月・・・。

この場所で、サムリーと一緒に、何度見たかわかりません。




つい最近まで一緒に歩いていたこの丘に

私はどうしても、もう一度来る勇気はありませんでした。

だから、この日はみんなについて来てもらいました。

とても、うれしかったです。



丘の上に着くと、まず私たちは大きな木の麓にある仏像の元に向かいました。

ここはサムリーがよく歩いていた場所。

この小さくて、素朴な感じの仏像さまが私は大好きでした。


私は手を合わせてから花を添え、サムちゃんの毛と爪をすぐ下の地面にそっと埋めました。

その時、雨が降ってきて夫が急いで車に戻り傘を取ってきてくれました。

みんなでまた少し移動して、今度は池の見えるところへ車を停めました。

そこはサムちゃんが一番よく歩いたり休んだりした場所だったので、私は手の中に残していたひとつまみの白い毛を、またその芝生に、撒きました。

雨がはげしくなってきたので車に戻り、私たちはそのままこの広い農園を大きくドライブして周りました。


農園は、思った以上に奥深くまで続いていて、雨季なだけに緑がとても美しかったです。

***

家に戻ってから、みんなでお茶をしている時・・・


実はもう一つ、驚くような出来事が起こりました。

2階にあがった夫が、隣の家の屋根で宙吊りになっていた小鳥を見つけたのです。

かわいそうに・・・その子は、隣の家の雨どいに作られた巣の中で片足が糸に絡まり、そのまま落ちそうになって、片足だけで暴れていたのでした。

隣の人を呼んで糸を切ってもらうと、その鳥はちょうどサムリーのお墓の上に落ちました。何日も絡まっていたのかもしれません。体はびしょ濡れで糸の張り付いた足は大きく腫れていました。

暴れて嫌がる鳥をタオルで包み夫が巻きついた糸をはさみで丁寧に切り、家にあった消毒液や薬を塗って応急処置をしました。

そしてみんなで新聞紙を細く切り、ちょうど良い大きさのプラスチックケースに鳥を入れて、即席のおうちを作りました。


野鳥(ムクドリでした)なんて飼ったことなかったけど、飛べるようになるまで面倒を見てあげなきゃ・・

なんだか知らないうちに、 その日からまた新たな命のお世話をすることになりました。

とても不思議な気持ちでした。

その夜、みんなが帰ってまた一人になってから、私はその子(ムクドリちゃん)のお世話に明け暮れ、あっという間に時間が過ぎてゆきました。

翌朝、鳥の元気な声で目が覚めました。

お水をあげてから、午前中の内に、この子を近所の動物病院に連れて行き、傷の手当をしてもらい、餌とお薬などをもらってきました。

何日も食べていなかったのか、タオルに包まりながら、ムクドリちゃんは水も餌もよく食べていました。

餌をあげてから、手の中にいるムクドリちゃんの頭をなでていると、心がとても癒されていくのを感じました。

***

でも、何でだったんだろう・・・。

翌朝、全く声がしないな、と思ったら箱の中で死んでいました。

足の傷口は、腫れたまま壊死のように灰色になっていました。

私は寂しい気持ちのまま、サムリーのお墓の横に埋めました。

***

サムリーがこの世を去ってからの、数日間。

これまで起こらなかったような出来事が、次々と起こりました。

不思議だなーと思いながらも、その瞬間はいつも必死であまり考えるヒマがありませんでした。
 
でも、今思うとその一つ一つは、サムリーからの最後のメッセージだったように思うのです。


この世に生まれ、「家族」になるってことは

血が繋がっていてもいなくても

とてつもなく深く、説明のつかないような「縁」であり

私たちはその「縁」を大切に守らなければいけないのかな、と思います。



この世に生じたものは、いずれ必ず滅する時が来ます。

だからこそ・・・

私たちは、「今」というときを、行ないを、人を、やさしい思いを、大切にしなければいけないんですね。

最期のその瞬間まで立派に生きた、この子たちを

私の「先生」であった、その存在を。

私は一生、忘れることはありません。


左がサムリー  右がセサミ

白いねこ


サムリーが天国へ旅立ってから3日目の日曜日。

朝起きたら、サムリーの鼻から体液のような血が出ていました。

夕べ、コットンを体の穴に詰めておきましたが、既にかすかな臭いがしてきています。お腹が膨れ、それも時間が経つにつれ更に膨らみを増していました。

時間が来たよ。

もう、いきたいよ。

そんなサムリーの声が聞こえてきます。

彼女の体は、既に生きている時とは明らかに違ってきていました。

そうか・・・わかったよ。

今日、土に還ろう。

この日の朝になって、私もようやく、この見慣れた愛しい姿とお別れする気持ちが固まりました。

***

正午近く。夫がバス停に着いたと連絡があったので、Aちゃんと一緒に車で迎えに行きました。12時間バスに揺られた割にはかなり元気そうな夫です。(いつもだけど 笑)

まず、家に入る前に私たちは、近くの園芸店に寄ってサムリーのための木を探しました。

白い犬なので、やはり白く可憐な色が似合うよね~。やっぱりジャスミンかな、などと話しながら園内を3人で歩き回っていた時・・・

突然、白いきれいな蝶が一羽ふわふわーっと飛んできて、私の目の前の木にすっと止まりました。見ると、小さな白い花を沢山つけた、やさしそうな木。

これだ 💗

単純な私は、それがまるでサムちゃんが自分で選んでくれたかのような気がして、お墓に植える木はそれに決めました。

可憐な白い花がかわいい

タイ語の名前は、トンゲーオ。「硝子の木」という意味で、タイでは縁起の良い植物だそうです。

***

木の鉢植えを抱えて家に戻ると、夫はすぐに家の中のサムちゃんに声をかけに行き、そして庭に出て穴を掘り始めました。

空は曇っていて薄暗かったのだけど、幸いにも雨は降らずにいてくれています。

庭の端っこに穴を掘ります。隣はセサミちゃんの木。

しばらくして、わんこのママ友であるKさんも家に駆けつけてくれました。

Kさんの腕には、新しい家族のシーズーのHANAちゃんが抱かれていました。

HANAちゃんは今4歳。前の飼い主さんが海外に引越しすることになり連れて行けないので、Kさんがひと月前に引き取ったのだそうです。

この世には沢山の飼い主さんと動物たちがいて、その数だけストーリーがあるんだな・・・。
新しいママであるKさんの腕の中で、かたときも離れようとしない甘えん坊のHANAちゃんを見ながら、私はそんな当たり前のことを考えていました。

*** 

午後1時過ぎ。

セサミちゃんのお墓の横に、ちょうどいい大きさの穴が出来上がりました。

夫が庭にあった葉や花を摘んで来たので、穴の底にみんなで敷き始めたその時・・・

ふと家の裏の方を見て、私は一瞬、目を疑いました。

!!!!!

そこにはなんと、サムリーと肉付きがとてもそっくりな真っ白いねこが、穴の側にいる私たちをじーっと見ていたのです!!

大抵、私の家の周りにいるねこちゃんたちは知っているつもりですが、その子はこれまで一度も会ったことがありません。

はじめは遠慮がちでしたが、私たちが息をころして見ていると、その子も近づいて来て少し離れたところに座り、またじっとこちらを見つめました。

サムちゃん?

思わず、聞いてしまいます。

サムちゃんなの?

もう少し近づきたいと思い、こちらが歩みを進めると、白ねこはさっと体をひるがえし、裏の塀を飛び越えて逃げていってしまいました。

白い蝶 白い花 そして白いねこ

とても不思議な気持ちでした。



(つづく) 




2018/07/26

ミラクルのはじまり



7月21日土曜日。
サムリーが天国へ旅立った翌日。

まだ眠っているだけのようなサムリーと離れられず、途方に暮れている自分がいました。

遠方にいる夫は来れないし、かと言って一人で庭に穴を掘って埋めるのも、あまりに切な過ぎる。

こんな時、海外に住む孤独感が、どっと押し寄せます。

とりあえず、その日の午前中はサムちゃんの傍にいて、「癒しの音楽」をYOUTUBEで聴いたり、ネットで「ペットロス」についての皆さんのお話しを読んだり、涙も溢れるままにしてとことん哀しみと向き合ってみました。

やばいなー。

このままでいったら、どんどん落ち込んでしまいそう・・

なんとか、動かなきゃ。

 ***

その時、私はKさんを思い出していました。

サムリーが通院している病院でお友達になったシーズー「カイジアオ」ちゃんの飼い主さんで、私の唯一のママ友です。

「カイジアオ」ちゃんはサムちゃんと同い年で同じ病気でしたが、今年の冬、亡くなってしまいました。その後、生前に飲んでいた心臓の薬やお洋服などをKさんが分けて下さり、時々、サムちゃんにも会いに来てくれて交流が続いていたのでした。

2017年12月 初めて出会った日。動物病院にて

私はKさんに連絡を取り、まず市内でわんこを火葬できる場所があるか聞いてみました。

するとKさんがすぐに調べて情報を送ってくれました。

1.チェンマイ大学系列の動物病院

2. 普通の火葬場で、犬猫も受け入れてくれる所が2箇所


午後になって、雨も止んだので、私はバイクで直接聞きにいってみることにしました。

まず一つ目の大学系列の病院。

でもそこは、順番待ちが長く、待っている間、どこにあるか分からない市内の冷凍室に入れておかなければならないとのこと。更に、2週間ほどそこで待った挙句、火葬に行くのだけどその瞬間は見届けられず。
火葬の後日連絡が来て、お骨を渡してくれるとのことでした。

火に入る時も一緒に居られなかったら、どうやってそれがこの子の骨だって分かるんだろう!!??

そのシステムはだめだな、と諦めました。



2つ目に行った火葬場は誰もいなかったので電話番号だけ控え、あとで夫に電話してもらうことに。

最後に、家の一番近くの小さなお寺に行って聞いてみたところ、住職さんが出てきて

「いつでもいいから埋めにおいで」

と言ってくれました。

現に、タイのお寺には敷地内のある場所に穴を掘って動物を埋めたりすることは、普通に行われているそうです。(ただし必ず許可を得てから)

家に帰り、夕方になって夫が「火葬場の人と連絡が取れたよ」と電話をくれました。

その火葬場の係員の人曰く、「明日(日曜日)の朝9時から火葬できるから、3-4時間くらいでお骨を引き取りに来てもらえばいいよ」とのこと。

(私の心のなか) 
朝9時か・・・。まだ心の準備ができてないよ・・

 ***

火葬をしたい・・・と思ったのにはいくつか理由がありましたが、その一つに、お骨や遺灰をサムリーのよく散歩に行っていた丘に撒きたい、という思いがありました。

そうこう話している間に、夫がこんな提案をしてくれました。

「本当は、休みを取りづらいのだけど、明日一日だったら日帰りで行けるよう上司に頼んでみるよ」



そして、数時間後。

彼から連絡が来ました。

「月曜日の朝には仕事があるから、日曜の夕方には出なきゃだけど、やっぱ行くわ」

彼が住んでいる所は、チェンマイと車で往復24時間の場所。日曜の朝に到着するには今夜(土曜)中にバスに乗らなければいけません。(飛行機は地理上、逆に不便だそう)

まさに時間制限のあるウルトラマンのような弾丸スケジュールが決定。

私はとても安心しました。

オトウサンが来てくれるなら、じゃあ、やっぱり家の庭に埋めて身内で見送ろう。

同時に、Kさんからも連絡が来ました。

「もし、火葬を待つのに何日も安置するなら一緒に動物病院に連れて行ってあげるから、保存処理の注射打ってもらったら?

!!!

これは一人じゃ絶対、考え付かなかったです。

確かに亡くなってから2日目のサムちゃんは、少し臭いがしてきていました。

でも、明日もしお庭に入るとしたら、薬剤を打たずに早く 土に還れた方がいいんじゃないかな?

Kさんには、丁寧に事情を話してお礼を言いました。



明日の朝になったら、夫が到着。そして友人のAちゃんも朝から一緒に付き合ってくれると言います。

***

その日の夜、マフラーに包んだサムちゃんを連れ出して、私とAちゃんは車でお花を買いに行きました。

車移動が大好きだったサムちゃんとの、最後のドライブ。

そこで、ミラクルが起こりました。

帰り際、車に戻るとどこからともなく大勢のお坊さん達による読経が、かすかに聞こえてくるのです。

これまで私の車でそんなことは一度もなかったのに、なんとそれは、カーラジオから流れてきているのでした。

布の中で眠るサムちゃんと一緒に、私たちはお経を聞いて帰りました。

*** 

家に帰ってから私は寝る前にもう一度、時間をかけてゆっくりとサムちゃんの爪を切り、余分な毛を剃ったり体を拭いてあげました。

動かないサムちゃんの体に触れていると、何故か彼女が安心しているような気がしました。

だから私も安心していました。



旅立ちの日から、色んなタイミングが重なり・・・
こんなに短い時間で気持ちをゆっくりと整えることができたことは、今思うと奇跡としかいいようがありません。


サムちゃん、ありがとう。

2017年4月 椰子畑にて 親戚の子と


(つづく)


2018/07/25

サムリーとのお別れ_02


「犬やねこは、死に際を飼い主に見せない」

という言葉があります。

詳しい理由は分かっていませんが、何故か、これは本当によくあることらしいです。

そして、サムちゃんも・・・。

その日、私は夜に出かける用事がありました。

でも、ここ数日間、すっかり食欲のなくなっていたサムちゃんのために、私は出かける直前にバイクを飛ばして近所の動物病院に栄養補給食を買いに行きました。

そして、帰ってすぐに栄養食をお湯で溶いてシリンジに入れ、サムちゃんの口に運ぼうとした瞬間・・・

いつもと全く違う様子に気づいたのです。

***

体には力が全くなく、舌はだらんと横に垂れている。

名前を呼びながら、すぐに心臓に手を当てたけれど、鼓動も全然感じられないんです。

急いで友人に電話をしてから、私はバイクの籠にサムちゃんを乗せていつもの病院に連れて行きました。

動物病院に到着すると、私が一番この病院で信頼する先生がちょうど入り口の所で、別のわんちゃんを見送りに出てきていました。

「サムリーが息してないんです!」

私が言うと、先生は急いでドアを大きく開けてくれ、そのまま私はサムリーを抱っこして診察室に駆け込みました。

いくつかの器具を使って先生が確かめてくれましたが、サムリーの息はすでに途絶えていました。

なぜか遠まわしに色んな言葉を使って言う先生。

私は先生の人の良さも感じながら、思い切って聞きました。

「亡くなった、ということですか?」

「そうですね・・・。亡くなりました。」

何がなんだか分からないまま、事実は事実としか受け止めるしかない時間の中で、私は妙に冷静でした。

「そうですか・・・。今日のお支払いはおいくらでしょうか・・」

先生は、 眉毛を思い切りへの字に曲げて哀しそうに言いました。

「お代は大丈夫ですよ。私は何も助けてませんから・・・残念でした・・」

私は両手を合わせて先生にお礼を言うとサムリーを抱き上げ、カウンターのスタッフの皆さんにも一言お礼を言い、外に出ました。

何度も通った病院のロビ ー。つい最近までここを笑顔で歩いていたのに・・・。

なぜ?突然、なぜ???

涙が溢れて、私はそれ以上何も言えなかったし、できませんでした。

しばらくして、今夜会うはずだった友人のAちゃんが駆けつけてくれて、道端でおしゃべりすることができました。

Aちゃんは、生前にサムリーのお世話も何度もしてくれた親切な友人の一人です。

まだ体が温かくて、籠の中にいつもみたいに座っているサムちゃんの頭を撫でながら、友人はやさしく話しかけてくれました。

「今までどうもありがとうね。天国で、セサミちゃん(妹)と遊んでね」

「あゆみさん、最後にサムちゃんに会わせて直接お礼を言わせてくれてどうもありがとう。何か手伝えることあったら言ってね」

友人と少し会っただけで、哀しみと孤独感が少し癒された気がしました。

ありがたかったです・・・

***

家に帰って、すぐに遠距離に働くタイ人の夫に電話をしましたが、彼は仕事が立て込んでてどうしても帰れない、ということでした。

「今夜はサムリーとゆっくりお別れをして、明日セサミ(2年前に亡くなった子)の横に土葬してあげてね。」

その夜、私はどうしようもない気持ちのまま、近所のお寺に行きました。たまたまその日はお葬式があり、お坊さんの説法と共にお葬式の経典も一緒に読むことができました。

ここでもまた、どなたかが亡くなり、多くの人が参列しているのでした。

帰り際、顔見知りの尼さんにご挨拶をすると、私に向けたやさしいお顔にまた涙が溢れました。

「今さっき、うちの愛犬が亡くなったんです」

尼さんは静かに言いました。

「愛してたんだね・・・。大丈夫。来世は人間に生まれてきてきっと会えるよ」




家に帰ると、私のお気に入りのスカーフに包まれたサムリーはまだ温かく、本当に寝ているみたいにきれいな顔でした。

数時間のあいだで、とても疲れを感じ、私はサムリーを抱いたまま泥のように眠りました。

添い寝したら夢に出てきてくれるかな、と思ったけれど、とうとう朝まで夢に出てきてはくれませんでした。

***

ここ10数年間、毎朝起きて必ず最初にしていたことは、サムちゃんのご飯作りでした。例え、自分は食べなくても、またどんなに急いでいても、これだけは欠かしたことがありません。

その日の朝、起きてすぐに私は台所に立ってまたご飯を作りました。

いつものように、色んな種類の野菜を細かく切って、お肉とご飯を少し入れてお粥を作ります。そして、お湯を捨てて冷ましてから少し温かい内にカリカリを入れて 器に盛る。

心で分かってはいても、いつものルーティンを突然ストップすることはできなかったのです。

でも、やっぱり・・・

器に盛っていつもだったらサムちゃんを呼ぶ段階で、涙がとめどなく溢れてきました。

そして、私はその時、初めて声をあげてオイオイと泣きました。

気がつくと、近所の野良猫が私の目の前の椅子に座って、私をじっと見つめていました。

いつもは家に勝手に入ってきて、うるさく鳴いてニャーニャーとエサを要求するのに、その日はなぜか静か~に入ってきて私を見つめるのでした。

***

私は、サムリーの最期を看取ってあげられなかったことを後悔していました。サムリーが息を引き取ったのは私が家を空けた、たった20-30分の間だったから。

だけど不思議なものです。

少しずつ時が経つにつれ自然と、私の中で「彼女はそのタイミングを自分でちゃんと選んでいたのかも知れない」という思いが生まれてきたのです・・。



そしてそれは段々確信に変わり。

私はもう、死に際に会えなかった哀しみを引きずるのを、やめました。

賢くて、しっかりと自分を持ったサムリーらしい最期だったから。

尊重したい、と思いました。


(つづく)

 朝、思わず作ってしまったご飯にお線香を立ててみました。
でも、ご飯を作るのはこの日だけにしました。

2018/07/24

サムリーとのお別れ_01



2018年7月20日金曜日夕方午後4時半。

私に長年、寄り添っていてくれた犬のサムリーが、天国へ旅立ちました。

享年13歳9ヶ月でした。

2016年の11月、妹わんこのセサミちゃんが病院の不慮の事故で急遽してから約2年弱。典型的な妹気質で世話のかかるセサミちゃんの、まさにお姉さんのような存在だったサムちゃん。

相棒が亡くなってからは、以前よりずっと大人しく過ごすようになり、サムちゃんなりのマイペースでゆーっくりと時を過ごしていたように思います。

2017年の春には心臓病を発症。そして、同じ年の夏には生まれて初めて子宮蓄膿症という大病を患い大手術もしましたが、その後みごとに復活!

それからは、毎日飲まなければならない心臓病の薬や、朝晩出る咳で通院をしたりと大変なこともあったけれど、それでもサムちゃんはいつでもマイペースで、静かに私の横で暮らしてた。

気ままにのんびりとした毎日は、きっと彼女にとって幸せだったんじゃないかな、と今、しみじみと思います。

***

お別れの日は、突然来ました。

今思うと、サムちゃんはこの日をちゃんと選んでいたのかもしれない。

でも、私はびっくりしてまず、哀しみと後悔が・・・

そして、その日の夜からずっと涙が溢れて仕方ありませんでした。



(つづく)


お礼 💕

昨年、サムちゃんが入院した際の記録では、沢山の方に励ましや応援を頂きました。
また先日、FBでも今回のことで沢山の方に温かいコメントやマークを頂きました。

サムちゃんは本当に幸せです・・・。
改めまして、この場をお借りして、深く深く・・・感謝申し上げます。