2018/07/25

サムリーとのお別れ_02


「犬やねこは、死に際を飼い主に見せない」

という言葉があります。

詳しい理由は分かっていませんが、何故か、これは本当によくあることらしいです。

そして、サムちゃんも・・・。

その日、私は夜に出かける用事がありました。

でも、ここ数日間、すっかり食欲のなくなっていたサムちゃんのために、私は出かける直前にバイクを飛ばして近所の動物病院に栄養補給食を買いに行きました。

そして、帰ってすぐに栄養食をお湯で溶いてシリンジに入れ、サムちゃんの口に運ぼうとした瞬間・・・

いつもと全く違う様子に気づいたのです。

***

体には力が全くなく、舌はだらんと横に垂れている。

名前を呼びながら、すぐに心臓に手を当てたけれど、鼓動も全然感じられないんです。

急いで友人に電話をしてから、私はバイクの籠にサムちゃんを乗せていつもの病院に連れて行きました。

動物病院に到着すると、私が一番この病院で信頼する先生がちょうど入り口の所で、別のわんちゃんを見送りに出てきていました。

「サムリーが息してないんです!」

私が言うと、先生は急いでドアを大きく開けてくれ、そのまま私はサムリーを抱っこして診察室に駆け込みました。

いくつかの器具を使って先生が確かめてくれましたが、サムリーの息はすでに途絶えていました。

なぜか遠まわしに色んな言葉を使って言う先生。

私は先生の人の良さも感じながら、思い切って聞きました。

「亡くなった、ということですか?」

「そうですね・・・。亡くなりました。」

何がなんだか分からないまま、事実は事実としか受け止めるしかない時間の中で、私は妙に冷静でした。

「そうですか・・・。今日のお支払いはおいくらでしょうか・・」

先生は、 眉毛を思い切りへの字に曲げて哀しそうに言いました。

「お代は大丈夫ですよ。私は何も助けてませんから・・・残念でした・・」

私は両手を合わせて先生にお礼を言うとサムリーを抱き上げ、カウンターのスタッフの皆さんにも一言お礼を言い、外に出ました。

何度も通った病院のロビ ー。つい最近までここを笑顔で歩いていたのに・・・。

なぜ?突然、なぜ???

涙が溢れて、私はそれ以上何も言えなかったし、できませんでした。

しばらくして、今夜会うはずだった友人のAちゃんが駆けつけてくれて、道端でおしゃべりすることができました。

Aちゃんは、生前にサムリーのお世話も何度もしてくれた親切な友人の一人です。

まだ体が温かくて、籠の中にいつもみたいに座っているサムちゃんの頭を撫でながら、友人はやさしく話しかけてくれました。

「今までどうもありがとうね。天国で、セサミちゃん(妹)と遊んでね」

「あゆみさん、最後にサムちゃんに会わせて直接お礼を言わせてくれてどうもありがとう。何か手伝えることあったら言ってね」

友人と少し会っただけで、哀しみと孤独感が少し癒された気がしました。

ありがたかったです・・・

***

家に帰って、すぐに遠距離に働くタイ人の夫に電話をしましたが、彼は仕事が立て込んでてどうしても帰れない、ということでした。

「今夜はサムリーとゆっくりお別れをして、明日セサミ(2年前に亡くなった子)の横に土葬してあげてね。」

その夜、私はどうしようもない気持ちのまま、近所のお寺に行きました。たまたまその日はお葬式があり、お坊さんの説法と共にお葬式の経典も一緒に読むことができました。

ここでもまた、どなたかが亡くなり、多くの人が参列しているのでした。

帰り際、顔見知りの尼さんにご挨拶をすると、私に向けたやさしいお顔にまた涙が溢れました。

「今さっき、うちの愛犬が亡くなったんです」

尼さんは静かに言いました。

「愛してたんだね・・・。大丈夫。来世は人間に生まれてきてきっと会えるよ」




家に帰ると、私のお気に入りのスカーフに包まれたサムリーはまだ温かく、本当に寝ているみたいにきれいな顔でした。

数時間のあいだで、とても疲れを感じ、私はサムリーを抱いたまま泥のように眠りました。

添い寝したら夢に出てきてくれるかな、と思ったけれど、とうとう朝まで夢に出てきてはくれませんでした。

***

ここ10数年間、毎朝起きて必ず最初にしていたことは、サムちゃんのご飯作りでした。例え、自分は食べなくても、またどんなに急いでいても、これだけは欠かしたことがありません。

その日の朝、起きてすぐに私は台所に立ってまたご飯を作りました。

いつものように、色んな種類の野菜を細かく切って、お肉とご飯を少し入れてお粥を作ります。そして、お湯を捨てて冷ましてから少し温かい内にカリカリを入れて 器に盛る。

心で分かってはいても、いつものルーティンを突然ストップすることはできなかったのです。

でも、やっぱり・・・

器に盛っていつもだったらサムちゃんを呼ぶ段階で、涙がとめどなく溢れてきました。

そして、私はその時、初めて声をあげてオイオイと泣きました。

気がつくと、近所の野良猫が私の目の前の椅子に座って、私をじっと見つめていました。

いつもは家に勝手に入ってきて、うるさく鳴いてニャーニャーとエサを要求するのに、その日はなぜか静か~に入ってきて私を見つめるのでした。

***

私は、サムリーの最期を看取ってあげられなかったことを後悔していました。サムリーが息を引き取ったのは私が家を空けた、たった20-30分の間だったから。

だけど不思議なものです。

少しずつ時が経つにつれ自然と、私の中で「彼女はそのタイミングを自分でちゃんと選んでいたのかも知れない」という思いが生まれてきたのです・・。



そしてそれは段々確信に変わり。

私はもう、死に際に会えなかった哀しみを引きずるのを、やめました。

賢くて、しっかりと自分を持ったサムリーらしい最期だったから。

尊重したい、と思いました。


(つづく)

 朝、思わず作ってしまったご飯にお線香を立ててみました。
でも、ご飯を作るのはこの日だけにしました。

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