2019/11/27

野原








突然だが

がんばっている自分が好きだ。

改めて口に出すことはめったにないが、これまでの人生を振り返ると、明らかに私は

「がんばる」道

を選んでいる。

でも、必ずしもそれが全て実を結んでいるとは思えない。

時にはあきらめ、時には挫折し、自然消滅もしてきた。

それでも、いつもがんばっている。

結果はどうであれ、とにかく前に進むのが好きなのだ。




* * *




今年の秋。私は新たな決心をして住む場所をバンコクに変えた。

のんびりと幸せだったチェンマイの生活にいったん区切りをつけ、この20年間に溜めて来たあらゆるものを思い切って断捨離し、少ない荷物だけを持って大都会に移り住み、新しい仕事に就いた。

これまでの人生では想像もつかなかった会社勤務。スーツを着て働く毎日。

そう、私はまた、がんばっている。

目標があるから、何年か後にはぜひそれを達成したい。

今年一年は、それ一心だった。

バンコクに来てからは、ルーティンを決め、毎日その通りに動いた。

ルーティンを決めると、大切なことへの集中力が高まるからとても良い。

毎日小さなことをこなしていくことに次第に達成感も生まれ、思いのほか順調な滑り出しだった。


* * *



それからひと月半が経った頃、私は体調を思い切り崩して会社を早退した。

明らかに疲れがたまっていたので、その日は泥のように眠り、そして翌朝には復活してまた会社に出勤した。

しかし、その日からだ。

いつものようにルーティンを実行しようにも、気持ちが全く動かない。

やる気が出ない。

面倒くさい。

仕事から帰ると、フロアに寝転がってネットサーフィン。心の中では、ダメだ!!と思いながらも、体がとにかく動かないのだ。

まあ、いいか。昼間仕事に集中するためにも、家ではこうしてだらだらする時間も必要だ…。

ある夜、そう割り切って、シャワーも浴びずにひたすらネットサーフィンに明け暮れた。

気がついたら夜中の2時を過ぎていた。

さすがに眠たいので、そのまま寝た。

翌朝、寝不足の重い体で会社に行った。

仕事もあまりうまく行かず、一日、気持ちも何だか滅入っていた。

もやもやしたまま夜になり、また何もせずにその日は早々と寝た。


その期間、空の月は少しずつ欠けていっていた。

時は、新月を迎えようとしていた。




* * *



小さい頃テレビっ子だった私は、大好きなドラマがあった。

「金八(きんぱち)先生」のあとに続いて登場した、「新八(しんぱち)先生」もその中のひとつだ。先生役は、岸田智史さんで、マドンナ役は宝塚出身の女優、遥くららさんという人だった。私は年代的にも「きんぱち」よりも、こっちの「しんぱち」の方が馴染みがあったし話や登場人物も好きだった。
 
そのドラマの中で、実は私が今でも忘れられない場面がある。

確か、ある日の教室で中学生の子ども達が一斉に立ち上がり、「学校なんて何の意味もない!」「学校の勉強が社会に出て何の役に立つの!?」なんて、思春期にありがちな疑問をぶつけ、先生に歯向かうという場面。

そこで新任教師の遥くららさんは、授業をやめて子ども達を野原に連れて行く。

何も言わずに野原に着くと子ども達の輪の中に立ち、やさしく、でも少し厳しく一言を放つのだ。




「さあ、遊びなさい」




戸惑う子ども達。

くららさんがもう一度言う。





「さあ、ここで、好きなだけ遊びなさい」




一人、ふたりと散っていき、花を摘んだりと遊びはじめる子ども達。

しかし、最初は自由で楽しそうに遊んでいた子ども達もだんだんと飽きてきて、一人、ふたりとまた先生のもとに戻ってくる。

そして、口々に言うのだ。




「先生、私、もう遊びたくない。勉強させてください」



* * *



当時、小学生だった私にとってこの場面は、子ども心にとても印象的だったのだと思う。

 そして、先日の夜、またふとこの野原の場面を思い出したのだ。

「もう、こんな退屈な時間はいやだ! もっと有効に使いたい!!」

きっと反動だろう。

野原作戦」は、知らぬ内に成功を収めていた。



* * *



力が尽きたな、と思うとき、思い切ってだらだらする時間を作ってみることを、私は勧めたい。

思う存分、だらける。
(ここでいう時間は、ただ休むのとはちょっと違う)

本当にこんなんでいいのか、と思うくらい、自分を甘やかしてみる。

そんな自分を許し、心の奥で容認する。

「こんな自分もいたんだ。こんなこともできちゃうんだ」

これまで許せなかった範囲まで陥ってみると、その直後にもしかしたら切なさや虚無感におそわれるかも知れない。



そう! ここが「チャンス」なのだ。



そこからは、不思議と、ムリをし続けていた時には出て来なかったパワーが、根底からみなぎってくるのを感じる。

ふつふつ、ふつふつ、と。

そして同時に、ふっと何かが軽くなったのが分かる。

数ヶ月前にはなかった「余裕」と、根拠のない「自信」。

それに気づいた時、私はなんだか笑ってしまった。





がんばるだけでは得られない・・・心を開け放つ空間、「野原」が教えてくれることは、意外にも深い。









新月の夜 バンコクにて

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